目次
  1. 第一章:金属加工業界を取り巻く経営環境とM&Aの意義
    1. 1.1 金属加工業界の役割と構造
    2. 1.2 近年のM&Aの意義
  2. 第二章:近年の主要M&A事例とその背景
    1. 2.1 EV化・自動車電動化対応の加速
      1. (1) 日本特殊陶業<5334>による東芝マテリアル買収(2024年11月公表)
      2. (2) セレンディップ・ホールディングス<7318>によるイワヰ買収(2024年10月公表)
    2. 2.2 半導体・電子材料分野へのシフト
      1. (1) サカタインクス<4633>による米国C&A社事業取得(2024年11月公表)
      2. (2) ENEOSホールディングス<5020>傘下のJX金属によるタツタ電線<5809>完全子会社化(2023年〜2024年にかけてのTOB)
    3. 2.3 海外の生産拠点・技術獲得によるグローバル戦略
      1. (1) 品川リフラクトリーズ<5351>によるオランダGouda Refractories Group買収(2024年10月公表)
      2. (2) 鴻池運輸<9025>、インド国営のFSNL買収(2024年9月公表)
    4. 2.4 国内における事業再編・グループ内再編
      1. (1) 元旦ビューティ工業<5935>によるMBO(2024年11月公表)
      2. (2) トーカロ<3433>の寺田工作所買収(2024年8月公表)
    5. 2.5 事業ポートフォリオの最適化・譲渡の事例
      1. (1) 佐藤商事<8065>によるエヌケーテック譲渡(2024年8月公表)
      2. (2) 出光興産<5019>による豪州石炭鉱山権益譲渡(2023年〜2025年にかけて)
    6. 2.6 印刷金版・プレート・包装向け事業など周辺領域での動き
      1. (1) 日本創発グループ<7814>、Sakae Plusの子会社化(2024年11月公表)
      2. (2) 博展<2173>によるヒラミヤ買収(2024年9月公表)
  3. 第三章:業界が直面する課題とM&Aの今後の方向性
    1. 3.1 内燃機関車から電動化へのシフトとサプライチェーン再編
    2. 3.2 半導体・電子部品の需要拡大と高機能材料への転換
    3. 3.3 省力化・自動化技術への投資拡大
    4. 3.4 中堅・中小企業の事業承継と金融機関の役割
  4. 第四章:M&Aを成功させるためのポイントとリスク
  5. 第五章:今後の展望
    1. 5.1 脱炭素時代の素材・加工技術の重要性
    2. 5.2 再生材料市場とサーキュラーエコノミーの拡大
    3. 5.3 金融機関や投資ファンドの積極的な参画
  6. 結び:金属加工業界のM&Aは新時代への橋渡し

第一章:金属加工業界を取り巻く経営環境とM&Aの意義

1.1 金属加工業界の役割と構造

金属加工業界は、自動車や航空機、建設資材、家電製品、IT機器などあらゆる製品の根幹を支える重要な産業です。具体的には、鍛造・鋳造・プレス・切削・溶射・めっきなど、多岐にわたる加工技術を駆使して金属材料を部品へと変形・加工し、最終製品を製造するメーカーや、そうしたメーカー向けに部材を供給する商社などで構成されます。

しかし、長期的に見れば少子化による内需の伸び悩みや、世界的な需要の偏在(BRICSやアジア諸国など新興国地域の伸び、先進国の成長鈍化)に対応するため、金属加工業界も国際展開のスピードを上げ、また新たな需要分野を取り込む必要性に迫られています。特に近年は、自動車分野で内燃機関車から電気自動車(EV)へのシフトが急速に進み、またカーボンニュートラル・脱炭素社会を見据えた新素材・新工法の開発ニーズが急増。さらには、半導体不足やAI・IoT化の波が電子部品産業に裾野を広げており、素材や精密部品への高機能化ニーズが飛躍的に高まっています。

1.2 近年のM&Aの意義

こうした環境下で、金属加工メーカーや素材メーカー、そして商社などがM&Aを活用する意義は大きく分けて以下のように整理できます。

  1. 製品ポートフォリオの最適化
    • 内燃機関向けの部品需要が長期的に減少するリスクを見据え、EVや再生可能エネルギー、半導体、医療機器などの分野により深く参入し、事業領域を広げる。
    • 競合の多い国内市場だけでなく、海外への販路拡大や生産拠点の最適化、技術獲得を図る。
  2. 技術獲得・研究開発力強化
    • ファインセラミックスや粉末冶金など、さらなる軽量化・高硬度化が求められる素材技術を取り込み、自動車や航空・宇宙分野へのアピールを強化する。
    • 半導体製造装置関連や電池材料など、部品や材料の高度化が不可欠となる先端分野に対応するため、高度な研究開発機能を有する企業同士が資本・業務提携を行う。
  3. 海外展開の強化・生産拠点の多極化
    • 国内少子化の影響から縮む内需だけでなく、高成長が期待できる新興国市場へ進出するため、現地企業を買収したり、合弁企業として現地拠点を構築する動きが増えている。
    • 中国をはじめとするアジア地域の国々や、北米、欧州に生産や販売の足場を築き、調達コストやロジスティクスの効率を高める。
  4. 産業構造の転換期を見据えた事業再編・統廃合
    • 鉄鋼や伸銅、銅管などをめぐる業界再編や、メッキ処理・表面処理部門などの譲渡・吸収などにより、競争力を高める。
    • グローバル企業の調達要請や品質基準の高度化に応えるため、業界内での集約が進み、多角的な製造能力や設備投資力を持ったプレーヤーに集約されていく。

こうしたM&Aや提携により、金属加工業界では短期的な利益を追うのではなく、長期的視点で企業価値を高める方向へとシフトする企業が増えているのが特徴です。


第二章:近年の主要M&A事例とその背景

以下では、ここ数年の具体的なM&A事例を拾い上げ、それぞれの買収目的や業界に及ぼす影響などを考察します。とくに、2024年〜2025年にかけて発表された事例や、それ以前に大きく報道された統合・買収・譲渡などを取り上げ、整理します。

2.1 EV化・自動車電動化対応の加速

(1) 日本特殊陶業<5334>による東芝マテリアル買収(2024年11月公表)

  • 概要: 自動車の点火プラグや内燃機関部品に強みを持つ日本特殊陶業が、東芝マテリアル(ファインセラミックスや金属材料を製造する東芝子会社)の全株式を約1500億円で取得し子会社化。EVや環境エネルギー関連事業の拡大を図る狙いが大きい。
  • 背景・狙い:
    • 脱炭素化や電動化の流れに伴い、日本特殊陶業は既存の内燃機関部品依存からの事業転換を急いでいた。
    • ファインセラミックスと金属材料の複合技術を手にすることで、高耐熱性・耐摩耗性を求められるEV部品やパワー半導体放熱基板などの製造を強化し、収益基盤を広げる。

(2) セレンディップ・ホールディングス<7318>によるイワヰ買収(2024年10月公表)

  • 概要: 地銀の大垣共立銀行と共同出資のSPCを通じて、自動車用金属部品加工のイワヰを9億1100万円で買収。コロナ禍で需要が急減した後の再建案件としての性質が強い。
  • 背景・狙い:
    • 自動車向け大型プレス部品のノウハウを取り込み、自社の佐藤工業と連携させることで、金属プレス加工の事業規模拡大やダイバーシフィケーションを狙う。
    • 地域金融機関との連携により、地方企業の事業承継を進める例としても注目される。

2.2 半導体・電子材料分野へのシフト

(1) サカタインクス<4633>による米国C&A社事業取得(2024年11月公表)

  • 概要: 北米のコーティング大手C&Aの全事業をサカタインクスの米国子会社を受け皿に買収。印刷インキやパッケージ市場への水性コーティング剤を強化すると同時に、半導体・電子デバイス向け素材事業を拡充。
  • 背景・狙い:
    • 印刷業界はデジタル化の波で需要が変化。サカタインクスはパッケージインキや工業用途コーティング剤に注力を強化し、成長余地を確保する。
    • C&Aは米国で大きなシェアを持ち、半導体素材の一部にも強い技術を有していた。これによりサカタインクスは北米展開を加速。

(2) ENEOSホールディングス<5020>傘下のJX金属によるタツタ電線<5809>完全子会社化(2023年〜2024年にかけてのTOB)

  • 概要: タツタ電線をTOBにより完全子会社化する計画。電子材料関連の基盤強化や成長を目的に、ENEOSホールディングスとしては金属事業の再編の一環。
  • 背景・狙い:
    • タツタ電線は電線・ケーブルだけでなく、電子材料やセンサー類など多角化を進めており、特にフレキシブルプリント基板向け材料などを強みとする。
    • ENEOSグループは資源不足や国内需要減少に備え、非鉄金属の下流製造を強化し、先端電子材料領域でのプレゼンス拡大を狙う。

2.3 海外の生産拠点・技術獲得によるグローバル戦略

(1) 品川リフラクトリーズ<5351>によるオランダGouda Refractories Group買収(2024年10月公表)

  • 概要: 耐火物メーカーの品川リフラクトリーズが、欧州の耐火物メーカーGoudaを約244億円で子会社化。非鉄金属業界や石油化学業界向けの耐火物分野に強いGoudaの生産拠点と技術を取り込み、欧州・中東・アフリカ市場を拡大。
  • 背景・狙い:
    • 鉄鋼業界や非鉄金属業界は世界的に再編の動きがあり、建設やインフラ需要も海外が牽引。
    • 品川リフラクトリーズはすでに南米や東南アジアで拠点拡大を進めており、欧州展開を一気に加速させる狙い。

(2) 鴻池運輸<9025>、インド国営のFSNL買収(2024年9月公表)

  • 概要: 鴻池運輸がインド国営の鉄鋼スラグ処理会社Ferro Scrap Nigam(FSNL)の全株式を約55億6800万円で取得。インドの製鉄所の副生物であるスラグ処理を強化し、メンテナンス・物流ノウハウを広げる。
  • 背景・狙い:
    • インドは世界第2位の粗鋼生産量を持ち、今後も鉄鋼需要が拡大する見込み。
    • スラグ処理やリサイクル事業は、環境規制の強化で付加価値が高まっている。鴻池運輸は国内で培った技術を海外に展開し、収益源をグローバル化する。

2.4 国内における事業再編・グループ内再編

(1) 元旦ビューティ工業<5935>によるMBO(2024年11月公表)

  • 概要: 日本を代表する金属屋根メーカーである元旦ビューティ工業が、MBO(経営陣による買収)で非公開化し、株式上場を廃止する方針を発表。買付代金は45億円規模。
  • 背景・狙い:
    • 建築資材価格上昇、人手不足などで競争環境が厳しい建設業界において、短期的な業績の変動から自由になり、中長期的な投資を行うためには所有と経営の一体化が必要と判断。
    • MBOによって迅速な意思決定を図り、差別化製品の開発や海外進出など長期戦略を推進したい意図が読み取れる。

(2) トーカロ<3433>の寺田工作所買収(2024年8月公表)

  • 概要: 表面改質(溶射)サービス大手のトーカロが、工作機械やモーター用精密部品を製造する寺田工作所(福岡)を約8億円で子会社化。表面改質サービスの付加価値向上を狙う。
  • 背景・狙い:
    • 溶射技術は半導体や自動車、鉄鋼など幅広い用途に活用されるが、さらに精密加工技術を自前化することで、高度部品の一貫生産体制に近づき、競争力を高める。
    • 寺田工作所は工作機械分野の切削加工に強みを持ち、トーカロの既存顧客にも新たな付加価値を提供できるとみられる。

2.5 事業ポートフォリオの最適化・譲渡の事例

(1) 佐藤商事<8065>によるエヌケーテック譲渡(2024年8月公表)

  • 概要: 鋼材・非鉄金属加工を手がける子会社のエヌケーテックを高洋電機に譲渡。グループにおける事業ポートフォリオの見直し。
  • 背景・狙い:
    • 商社機能と製造を併せ持つ総合型ビジネスモデルが成果を上げにくい状況下、選択と集中を進める事例。
    • エヌケーテックの新潟工場など一部事業は佐藤商事グループが新設した会社へ移管。

(2) 出光興産<5019>による豪州石炭鉱山権益譲渡(2023年〜2025年にかけて)

  • 概要: 出光興産が持つカセロネス銅鉱山権益(チリ)やエンシャム石炭鉱山(オーストラリア)などを段階的に譲渡し、石油・石炭など従来型資源から、レアメタルや水素・アンモニアなどの新エネルギーへ投資資金を振り向ける。
  • 背景・狙い:
    • 脱炭素、再生可能エネルギーの拡大、電動車普及などで需要が移るなか、資源価格の変動リスクにさらされる上流権益から相次いで撤退・縮小を行う。
    • 先端金属素材や新たな化石代替エネルギーへの集中投資で、ポートフォリオを抜本的に見直す動きの一つ。

2.6 印刷金版・プレート・包装向け事業など周辺領域での動き

(1) 日本創発グループ<7814>、Sakae Plusの子会社化(2024年11月公表)

  • 概要: 印刷用金版製造メーカーであるSakae Plusの70%株式を2億1000万円で取得。自社グループの印刷事業とのシナジーを見込む。
  • 背景・狙い:
    • 紙媒体の需要自体は厳しい局面が続くが、包装やブランディング用途、さらには特殊印刷技術へのニーズは根強い。
    • 箔押し用凸版や金属素材印刷金版に強みを持つSakae Plusを取り込み、周辺領域でのサービス拡大を図る。

(2) 博展<2173>によるヒラミヤ買収(2024年9月公表)

  • 概要: 商業施設向け什器・装飾品や特殊車両部品の製造を行うヒラミヤを2億3000万円で買収。展示会やイベント企画を行う博展としては、金属加工技術を取り込み一貫サービスを拡充する狙い。
  • 背景・狙い:
    • リアルイベントの再開や商業施設・ショールームなどの需要が安定的に見込まれる中、自社施工力を強化して差別化を図る。
    • イベント産業は企画・運営だけでなく、ブースや什器、広告物などの製作からサイン設置まで一貫して提供するニーズが高い。

第三章:業界が直面する課題とM&Aの今後の方向性

3.1 内燃機関車から電動化へのシフトとサプライチェーン再編

自動車業界はEV、燃料電池車(FCV)、ハイブリッド車(HV)などさまざまな電動化の波が押し寄せています。モーターやバッテリー、インバーター用のパワー半導体や冷却装置、車載向け軽量素材などの需要が飛躍的に高まり、一方で従来のエンジンやトランスミッションに用いられる部品が縮小するとみられます。部品サプライヤーとしては、電動化対応部品・素材の技術・生産設備を素早く確立するか、あるいは従来部品で培った強みを他産業へ横展開する必要があります。これにより、以下のような再編が促進されると予想できます。

  1. 電動化関連部品の開発力強化を目的としたM&A
    → モーター用軸受や磁性材料、パワー半導体部品向けセラミックス基板などの製造会社を取り込む。
  2. システムサプライヤーへ移行するための垂直統合・水平統合
    → 自動車部品だけでなく、制御システムやソフトウェアを含めた提案が求められ、ソフト/ハード両面での統合が進む。
  3. 海外生産拠点の確保・統廃合
    → 世界各地での現地生産やローカル調達のニーズが高まるため、現地企業の買収や合弁で新工場設立など。

3.2 半導体・電子部品の需要拡大と高機能材料への転換

AIやIoT、5G、データセンター向けのサーバー拡充などを背景に、半導体の重要性は増す一方です。半導体製造工程では超微細配線や高耐熱・高耐摩耗素材が求められ、金属加工技術を持つ企業が積極的にこの市場を取り込もうと動いています。とくに以下がポイントとなります。

  • CMPスラリー、コーティング剤など化学的な先端材料
    → 従来の金属加工業や表面処理企業が、高度な化学技術をもつメーカーを買収する例が増加。
  • 放熱基板やパワーモジュール周辺部品
    → セラミックス基板や金属基板の需要が急拡大し、ファインセラミックスや新素材を開発・大量生産できる企業が注目される。
  • マテリアル循環やリサイクル技術の重要性
    → レアメタルやレアアースを効率的に回収するリサイクル企業と大手素材メーカーとの資本提携が活発化。

3.3 省力化・自動化技術への投資拡大

製造現場の生産性向上や働き手不足の解消が大きな経営課題となるなか、ロボットや自動搬送装置、AIを活用した検査装置などのニーズが高まっています。金属加工業や設備業者にとっては、以下のような点がカギとなります。

  1. ロボット技術や自動機メーカーの買収
    → プレス機や溶接機メーカーが、周辺装置を製造する企業をM&Aしてライン構築を一括請負できる体制を目指す。
  2. DX(デジタルトランスフォーメーション)化によるコネクテッドファクトリー
    → IoTセンサーを製造現場に実装し、稼働状況や不良率をリアルタイムに監視する仕組みを整えるため、IT企業との提携や買収を行う動き。
  3. 精密加工と自動化の融合
    → 人手作業が中心だった難易度の高い部分の自動化に取り組むことで、高付加価値化を進める。

3.4 中堅・中小企業の事業承継と金融機関の役割

少子高齢化が進む日本では、経営者の高齢化に伴う事業承継ニーズが高まっています。中堅・中小企業の多くが事業継続を望む一方で、後継者が確保できずM&Aや第三者承継の道を模索しています。これにより、地方銀行や信用金庫、さらには商社が主体となって組成した投資ファンドが地域企業の引き継ぎを助け、地元の雇用と産業基盤を維持・活性化していく例が増えています。前出のイワヰ買収(セレンディップHD+地銀のSPC)なども典型的なパターンと言えます。


第四章:M&Aを成功させるためのポイントとリスク

M&Aの動きが活発化する一方、実際に買収・統合してみると統合効果が出ず、のれん減損や事業停滞につながるケースも珍しくありません。金属加工業界の場合、とくに以下の点が注目されます。

  1. 技術・ノウハウの融合
    • 買収先の有する特殊技術や生産ラインをうまく吸収できるか。図面管理や試作開発、サプライヤー管理、品質保証など、組織文化・基幹システムが合わずに問題が生じることもある。
  2. 販路・顧客基盤の共有
    • 製品ラインナップの垂直・水平拡張を狙うケースでは、双方の顧客ネットワークをどう統合し、相乗効果を生み出すかが重要。重複する市場の場合にはカニバリ(食い合い)を防ぐための調整も要る。
  3. 海外子会社とのコミュニケーション
    • 新興国や欧米企業を買収したり、その逆に売却したりする際、労働慣習や文化面、ガバナンス体制の違いが課題になりやすい。PMI(Post Merger Integration)を慎重に行うには現地スタッフとの連携体制が不可欠。
  4. 事業ポートフォリオの中での位置づけ
    • 新たに取り込む事業が既存分野とどの程度シナジーがあるのか、不採算部門を切り離すのはいいが国内外での整合性をどう図るか、など、グループ全体の最適化を踏まえた配置が重要。
  5. 環境規制・ESG対応
    • 工場の排水処理や廃棄物管理、CO2排出削減などの要件は年々厳しくなっており、買収先がそれに対応できているか、または投資の必要性はどの程度なのか、事前に十分な調査が必要。

第五章:今後の展望

5.1 脱炭素時代の素材・加工技術の重要性

カーボンニュートラル実現に向けて、軽量素材(アルミニウム合金、マグネシウム合金、炭素繊維強化プラスチックCFRPなど)や高強度鋼板、リサイクル性の高い金属などに改めて注目が集まっています。鉄鋼業界でも高付加価値鋼板や電磁鋼板など特殊鋼へのシフト、伸銅品・非鉄金属業界もEV用のバッテリー部品や巻線材料、放熱基板などを中心に需要を取り込みたい意図があります。

そのため、素材メーカーや金属加工企業同士がM&A・提携して、上流〜中流工程を統合し、スピーディーに製品開発できる体制を作り始めているのが特徴です。

5.2 再生材料市場とサーキュラーエコノミーの拡大

鉄スクラップやアルミスクラップなど金属リサイクルの需要は国際的に見てまだまだ増加が見込まれます。欧米やアジア各国での環境規制の強化、国内企業のESG投資意識の向上などを背景に、スクラップ処理や金属再利用のプラント需要が高まり、鴻池運輸によるインド・スラグ処理会社買収のように、国内外で再生技術を持つ企業への注目度が高まっています。

5.3 金融機関や投資ファンドの積極的な参画

事業再生や事業承継ニーズを抱える中小・中堅の金属加工企業が増えるなかで、大手・地域金融機関、PEファンド(プライベートエクイティファンド)、VCなどが積極的に参入しています。コロナ禍以降、サプライチェーンの寸断や原材料コストの高騰で資金繰りが厳しくなった企業の再建案件が増え、今後もこの流れは続くでしょう。

一方で、大手メーカーも中核事業に経営資源を集中させるため、周辺子会社や不採算部門の譲渡を行う事例がいくつも見られました(佐藤商事のエヌケーテック譲渡、住友金属鉱山や日立金属グループの事業切り出しなど)。投資ファンドや商社、事業会社がこれらを引き取り、事業転換や海内外の生産効率化を図る構造が形成されています。


結び:金属加工業界のM&Aは新時代への橋渡し

金属加工業界におけるM&Aの動きは、単なる合併や買収の数や金額の多寡だけでなく、「どの分野へ経営資源を集中させるか」「どう事業構造を再編して将来の付加価値を生み出すか」という大局的な課題への回答でもあります。自動車向け部品に強い企業がEV・半導体・環境エネルギー分野へ参入したり、環境負荷低減やSDGs対応を意図してリサイクル企業を傘下に収めるなど、多方向の動きが同時進行しています。

特に2024年前後は、コロナ禍を経て世界的にサプライチェーンの安定化やリスク分散が注目され、生産拠点の複数化、海外の優良企業買収、あるいは国内での統廃合を加速させています。脱炭素化や電動化、AI活用などが一段と進む今後5〜10年にわたり、この業界の企業再編はますます盛んになると考えられます。

多くの事例が示すように、M&Aそのものはゴールではなく、買収後のシナジー創出や事業統合プロセス(PMI)の出来具合が将来の競争力を大きく左右します。金属加工業界は、技術継承や熟練技能が重要視される職人気質の強い土壌でありながら、脱炭素やDXなど新技術や新規投資への適応が急務とされているため、変化の速度が早い時代にあっては総合力を備えた企業集団が有利になるでしょう。今後もM&Aの動きは「事業承継型」「海外成長市場取り込み型」「技術獲得型」「グループ内再編型」の大きな区分で多様化・加速化し、日本の金属加工業界全体の形を塗り変えていくことが予想されます。

以上が、近年における主なM&A事例の背景と、それを踏まえた金属加工業界の動向です。自動車、半導体、環境エネルギー、建築・土木といった下流産業の構造変化に応じて、金属加工のニーズや要求特性は大きく変化し続けています。そのなかで企業価値を高めるためには、既存領域に閉じこもるのではなく、買収・統合や提携によって新たな製品・市場を獲得し、DXや脱炭素社会の要請に応える戦略的ビジョンが不可欠となるでしょう。こうした大きな転換期を迎える金属加工業界のM&Aは、今後ますます注目を集めると考えられます。